都羅山編 (2004.1.9)

「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯をつかい……」ということで、今回の行き先は都羅山。つまらんダジャレですまん。

鉄道全線走破をするうえでネックとなっていたのがこの京義線。終点の都羅山駅と1つ手前の臨津江駅の区間が、工事のため冬期運休となっていたのである。春まで運行再開しないとなると、臨津江まで行ったとしても再度都羅山まで乗りに行かなくてはならず二度手間となる。高速鉄道が開業する前の3月中に全線走破を終えたいオレとしては、ちょっと困っていたところ。ところが、前回の慶州行きのチケットを取る際に、鉄道庁のサイトで1月初めからの運行再開がアナウンスされていたのを発見したのである。これ幸いと週末に都羅山に向かうことにした。

都羅山というのは京義線の最北端に位置し、軍事境界線の手前側、南方限界線の直前に位置する。最前線地域にあるという特殊な駅であるため、軍の警備もものものしいところ。また、駅を降りたところで好き勝手に行動できるわけでもなく、そもそも周囲に民間人用の施設は一切ない。この駅は純粋に、最前線の雰囲気を体験するために設置されたようなもの。駅だけの見学か、列車と接続するバスツアーで最前線をまわるコースをたどることになる。

さて、京義線の列車は1時間おきにある。ただ、注意すべき点は、臨津江駅で身分証のチェックがあり、そこで1時間足止めされるのである。すなわち、10時10分ソウル発の列車は、11時48分に都羅山に到着するが、乗客は通して乗ることはできず、臨津江でチェックを受け待機ののち、ソウル発11時10分の列車に乗って12時48分にようやく都羅山にたどりつけるというわけ。

身分証はパスポートで構わないが、オレは外国人登録証を持っているのでそちらが必要になる。年末にビザの延長手続した際に入管に預けっぱなしにしてたので、取りに行かなくてはならない。めんどくさいが在住外国人の宿命である。
朝イチで入管に出向き、受領後すぐソウル駅に向かう。京義線の切符は専用の窓口で買わなくてはいけない。「都羅山まで」と告げると、「これが行きの分、これが帰りの分ね」と2枚の切符を渡される。有無を言わせず往復でチケットを買わされるらしい。片道1,400ウォン、往復で2,800ウォンなり。つーかね、オレとしては帰りに臨津江に寄りたかったのよね。臨津江には臨津閣というところがあって、かつて一般の韓国人はこれ以上は先に行けなかったのである。オレも何度か行ったことがあるが、京義線が臨津江まで延長する前のことで、ムン山からバスに乗り苦労してたどり着いた記憶がある。何度か行ってるので改めて行く必要もなさそうだが、せっかくだから見ておきたい。往復でチケットを買わされては困るんだがなぁ。運賃は安いから、勝手に途中下車して買い直してもたいした負担ではないのだけどね。

ギリギリに駅に着いたせいで腹ごしらえもできず。切符を買ってそのままホームに降り、10時10分発の5両編成のディーゼルカーに乗り込む。
ソウルを出発するとしばらくは住宅街を走る。車窓は視界を塞ぐ鉄柵が続く。新村を過ぎ水色に着くと、左手に機関車や客車が見える。ここは車両基地があり、セマウル号やムングファ号の客車が勢ぞろいする。さらに進んでいくと高速鉄道の車両基地も見える。さらに進んで谷山、白馬、一山と車窓にはアパート団地が広がる。京義線はローカル線だが周辺の人口も多く、通勤需要もありそうだが、京義線からアパート団地をはさんで反対側には地下鉄がきている。利便性では頻繁運転の地下鉄に軍配があがる。それでも一山での乗降客数はそれなりに多いようだ。

■左:都羅山行の列車 ■右:サボ


列車は11時26分にムン山に到着。数年前までここが終点で、その先を数百メートル行ったところに「鉄道中断点」と書かれた看板が立っていた。その看板はまだ残っていて、ムン山を出発して数分で左側に見える。「鉄道中断点」を超え列車はさらに進み11時43分に臨津江に到着。ここで乗客はすべて降ろされる。都羅山に行くには駅構内の受付で身分証を提示しチェックを受ける。1時間後の列車に乗って最前線ツアーに行くつもりだが、窓口のおばちゃんは、「次のツアーは13時43分発のになります」という。次の列車は12時43分だが、それに乗ってもツアーには参加できないというわけだ。するとここで2時間過ごすのか。

■左:駅名標には平壌の表示も ■右:臨津江駅


幸い、待ち時間の間に臨津閣を見学できる。都羅山駅までの切符を持っていれば、臨津江駅では切符は回収されないのである。まぁ1時間なり2時間をなにもないホームで過ごすわけにもいくまい。8,700ウォンのツアーチケットを購入し、首から下げる参加証をもらって臨津閣に向かう。

初めて臨津閣を訪れたのは94年の夏。短期研修で1カ月を韓国で過ごしていたときだった。韓国語も基本的なことしかわからず、ムン山から恐る恐るバスに乗りようやくたどり着いたときは感慨深かった。なんというか、達成感があった。それがいまや列車で直通なのだから恐れ入る。

臨津閣でまっさきに目に入るのはそびえ立つ塔。ビルマ・アウンサン廟での韓国閣僚爆殺事件の慰霊碑だ。ほか、公園内には金浦空港での爆弾テロ慰霊碑や、朝鮮戦争での米軍参戦記念碑など、慰霊碑や記念碑がたくさんある。中には朝鮮戦争で命を落とした日系アメリカ人の慰霊碑もある。

■左:ラングーン事件慰霊碑 ■右:米軍参戦記念碑


また、SLと客車が保存され、鉄道中断点の記念碑がある。ここはかつて韓国人が来れる最北端の地だったため、象徴的な意味合いで置かれていた。今では客車は喫茶室に改造されている。ついでに目の前には遊園地が広がり、厳かな雰囲気とはほど遠い。分断国家であることを観光資源に活かすというのは結構だが、観光開発といえば遊園地なのだろうか? 疑問を感じざるを得ない。子ども向け? 退屈するような子どもは連れてこなければよろしい。歌謡曲が大音響で流されているのもお気に召さない。分断国家の国民がそれでいいというのならエトランゼがとやかくいう筋合いではないが。それとも、オレが分断国家の現実うんぬんというものを過度に考えすぎているのだろうか?

■左:機関車 ■右:客車


停戦協定後に帰還する捕虜が「自由万歳」を叫びながら渡ってきたという「自由の橋」も以前は見るだけだったが、現在では渡ることもできる。公園最北端に設けられた祭壇は盆と正月には祭祀を行う人でにぎわうが、平日のきょうは人も訪れる人もいない。

■左:自由の橋 ■右:望拝壇


北側を望む建物にはレストランがいくつか入っているが、いずれも高そうな雰囲気で、オレが入る気にはなれない。うどんでも食べられればそれで充分なのだが、バーガーショップがあったので入ってみる。バーガーショップといってもメジャーなチェーン店ではなく、遊園地などで見かけるマイナーなチェーン。土日なら人も入っているのだろうが、きょうは客は1人もいない。店番のおっさんも寝てたくらいだ。気に入らないがほかに食べるところもなさそうなのでセットを注文して食べた。作り置きしてるものがないので、少々時間がかかるが、できたてを食べられたのでよしとする。
展望台に上がったりウロウロしながら時間をつぶすが、2時間も滞在するほどのところではない。駅にもどり時間が過ぎるのを待つ。

■左:臨津閣全景 ■右:列車進入中


出発30分前に改札が開き、荷物チェックと金属探知器のゲートを通される。チェックは憲兵隊が行う。ここから先はむやみに写真を撮るなと注意を受ける。
ホームに出てしばらくすると列車が到着する。最初はホーム後方に停車し、下車客をすべて降ろす。その後ホーム前方に移動して出発客が乗車する。乗車後は憲兵が人数をチェック。ものものしい雰囲気だ。

13時43分に出発。臨津閣の脇を通り鉄橋を通り都羅山に向かう。列車が通っている鉄橋は以前通ったことがある。板門店に行くツアーが、臨津閣の脇からこの鉄橋を通って行ったのだ。いまは鉄道が通っているのなら、板門店ツアーのバスはどこを通っていくのだろう? 板門店に行ったのは10年以上も前の話だが。

■左:都羅山到着 ■右:都羅山駅


5分で都羅山に到着。改札を抜けるとそのままバスに乗せられる。運転手はオレの首から下げられた札を見て(座席番号が書いてある)「シートナンバー、ナイン」と言う。今回のバスツアーで、英語の案内があったのはこれっきり。外国人相手のツアーではないんだろうね。ガイドはつかず、運転手がマイクで運転しながら案内するが、英語の案内はなく、韓国語のわからない外国人にはさっぱりわからないだろう。

バスに乗って最初に着いたのは「第3トンネル」。北朝鮮が韓国に侵攻するために掘ってきたというトンネルだ。ここにトロッコが敷かれており、中を見学することができる。ヘルメットを着用してトロッコに乗っていく。トンネルはかなり狭く、ときどき頭にぶつかる。席の都合上、後ろ向きの席になってしまったのでよけようもなく、コツンコツンとうるさい。まわりにはぶつかってる人もいないようで、オレだけ座高が高いようだ。うつむきかげんでトロッコに揺られ7分後に地下ホームに到着。ここから先は徒歩での見学となる。天井は低く、ここでも前かがみになって前進する。地下水がしみ出ているので、天井から水が滴っているし、足元も水が溜まっている。トンネルの終点は軍事境界線の200メートル手前だとか。北につながる部分は扉が設けられ、一般人はその先には進めない。
来た道をもどりトロッコに乗って地上へ。すぐ脇の「映像資料室」に放り込まれ、案内映画を見せられる。これも英語の字幕とかはない。外国人にはとことん不親切な対応だ。
映画の後は資料展示室。展示物には英語と中国語の案内あり。日本語はない。どうでもいいけどね。

■左:第3トンネル入口 ■右:山の上にあるのは北への宣伝用電光掲示板


資料室のあとはバスに乗り、都羅展望台へ。いわゆる一般向けの統一展望台とともに、軍部隊に設置された展望台も各地にある。ここはそのうちのひとつ。講堂に集められたツアー客は軍人の説明を聞かされる。その後外に出て双眼鏡で北朝鮮を見る。目の前に広がるのは北朝鮮側の宣伝村。アパートなどが見えるが、人は住んでないという。ついでにきょうは天気が良かったので、開城の高層ビルなども見ることができた。バス運転手の話によると、開城まで見えるのは年に数日しかないという。それが本当なのかどうかはわからないが、まぁ得した気分にはなった。写真は双眼鏡の後5メートルくらいのところに線が引いてあり、その内側からなら撮影が許可される。柵の下に見える韓国軍の施設が写るのがまずいのだろう。

■北朝鮮を眺める


展望台を見終わるとバスで「統一村」へ。ここは韓国側の宣伝村で、90世帯が住む。農業で生計を立てているが、税金は全額免除。その他いろいろ優遇策があり、韓国でも有数の金持ち村なのだとか。ここで取れた農産物を販売する店があり、そこに案内される。結局あれだな、ツアーで韓国に来るといちいちキムチ屋に連れて行かれるのと同じ。もちろん買う買わないは自由だけど。食堂もあって、ここのテンジャンチゲが絶品だと聞いたが、3時半に食事するのもいかがなものか。何も食べずに缶コーヒーだけ飲んで車内で待機していた。

ここを見終わるとバスは都羅山駅に戻る。帰りの列車は17時14分発で、1時間ほど時間がある。駅の周辺にはなにもないが、駅の写真などを撮って時間をつぶす。改札口には「平壌方面乗り場」と表示がある。気が早いことだ。そういえば臨津江駅の駅名標にも、隣の駅名に平壌という表示があった。都羅山も同様。ちなみにこの駅は無駄に広い。ホームは全部で3つ。使っているのは1つだけ。残りの2つは上り線と下り線にわかれているのだが、下り線は「開城・平壌方面」と書かれているわけで、供用開始のメドは立っていない。それなのにエスカレーターと車イス用のリフトが設置されている。多分に象徴的な意味合いでこの駅が造られたのだろうが、逆にむなしさを感じる。もちろん、ほんとうに南北間を直通する列車が通るようになれば、韓国側の境界駅としてそれなりの役割を担うことになると思うが、だからといって一般人が気軽に往来できるような場所ではないはず。エスカレーターは使われることなく錆びついてしまうのではなかろうか。

■左:平壌行き乗り場 ■右:平壌まで205km


駅の案内を見ていたら、ここでは入場券を売っているらしい。出札口で売っているという。ところでこの駅に出札口はあるが、切符は売っていない。基本的にここは軍の管轄下にあるようだ。ソウル駅で往復の切符を渡されたのもそういう事情のようだ。
奥にいた係員を呼んで入場券を頼むと、脇のロッカーを開け、さらに金庫のカギを開けて取りだした。入場券というから通常の駅にある硬券かと思ったら、観光記念のペラペラな券だった。500ウォンなり。

■左:出発を待つ列車 ■右:無駄に広い都羅山駅


さて、そうこうしているうちに改札が開きいたので列車に乗り込む。ソウルまでは1時間半の道のり。友だちとの約束があるので1つ手前の新村で下車。運賃は変わらないので問題はなし。
「遠くへ行きたい」の中ではいちばんの近距離旅行。不満がないわけではないが、日帰り旅行としてはそれなりに密度の高いものとなった。
ところで、ソウルで今回のコースとほぼ同じコースを回る外国人観光客向けツアーに乗ると4万6,000ウォン。個人で手配すると、列車の往復が2,800ウォン、ツアーが8,700ウォンの1万1,500ウォン。実に4分の1。ちょっと得した気分かも。

主な出費
ソウル―都羅山往復
 2,800ウォン
ツアー参加費
 8,700ウォン
食費など
 5,000ウォン
合計
 16,500ウォン

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