江陵・束草編 (2003.11.13)


この企画もなんとか3回目を迎えた。前の2回が麗水・木浦と南に向かっていったので、今回は東に向かうことにし、江陵までのチケットを取った。清涼里発23時30分の夜行列車で、江陵にはなんと朝7時20分の到着。朝5時台に到着する麗水・木浦方面の夜行列車に寝台車をつないでいながら、江陵行きに寝台車はない。ということは座ったまま8時間近くを過ごさなくてはならない。
インターネットで座席を予約すると、「2号車52番」が取れた。窓側だ。ちなみに料金は1万8000ウォン。麗水とか木浦では5万ウォンも払っていたことを考えると、ものすごく安く感じる。やはり寝台料金は高いのだろう。
ところで江陵行きを決めたのはいいのだが、今回はあまりやる気がでない。江陵にいい思い出がないからだ。今年の元旦に正東津に初日の出を見に行ったときの記憶がよみがえる(詳細は1月の日記参照のこと)。もう2度と江陵に行くことはないだろうと思っていたのだが、この企画のために再訪することになってしまった。気が重いのは8時間の夜行列車にもある。仕事帰りでそのまま駅に向かい出発するというのはつらいのだが、かといって朝イチの列車で江陵に向かうと到着は午後3時という恐ろしい時間。その日のうちにソウルに帰りたければ江陵発午後4時の列車に乗らなくてはいけない。滞在時間1時間ではメシ食って帰るしかない。夜行列車は必須の選択なのだが、座席で8時間はつらい。食堂車とか気分転換になるような設備もないわけで。でもまぁここで泣き言をいってもはじまらない。今後もこの企画を進めるうえで夜行列車の世話になる機会は多いはずなので体を慣らしておく必要もあるだろう。

出発はソウルではなく清涼里からとなる。ソウル駅は東京駅で、清涼里駅は上野駅に例えられることが多い。ソウル駅からは釜山をはじめ木浦、光州、蔚山、慶州、浦項、麗水とさまざまな行き先の列車が頻繁に出入りするターミナルで華々しいイメージがあるが、清涼里は江陵、春川など江原道方面への列車がメイン。なんとなく寂れたイメージのある地方へ向かう列車のターミナルだけに、清涼里駅にも寂れたイメージがある。
出発1時間前に駅につき、窓口でチケットを受け取る。明日の朝までなにも食べられそうにないので、近くで腹ごしらえをするが、駅の下にうどん屋があるだけで、腹の足しになるものは見当たらない。しかたなくうどんをすすり、駅前のロッテ百貨店のなかにあるコンビニでサンドイッチとおにぎり、飲み物を調達しておく。

■左:発車案内 ■右:清涼里の駅名標


改札が始まりホームに降りる。客車は古いタイプのでちょっとがっかりする。居住性にたいした差はないのだけど、ただでさえ気乗りしない旅行なのに、さらに気分が重くなる。
チケットの番号は52番だが、乗ってみたら52番は窓側ではなく通路側であった。日本の常識では、4の倍数であれば窓側なのだが、韓国では偶数が通路側、奇数が窓側らしい。さらに気分が重くなる。乗車率もそんなに高くない列車で、なぜオレがわざわざ通路側にされたのであろうか。窓側には若い女性が座ったのがせめてもの救い。焼酎臭いオヤジが来たらそのまま家に帰ってたところだった。

通路側に座ったので持参のおにぎりを食べるのもはばかられ、しばらく雑誌を読んだ後に睡眠態勢に入る。車内は騒がしい。泣き叫ぶガキ、携帯電話の着メロ、騒いでる学生――。
意外とうるさかったのは車内放送。駅に停まるたびに案内が流れるのはいいとしても、列車の交換待ちとか、スイッチバックとかでいちいち案内を流すのは過剰な親切とも思える。列車は20〜30分おきに駅に停まるが、そのたびに眠りから起こされるので睡眠は細切れ。ついでにご苦労なことに車内販売も通路を行き来する。旧型の客車なので通路のドアは手で開けなければいけない。それを前から後から行ったり来たり、始発から終点までほんとうにご苦労なことだ。

隣の席の女性は2時前に到着した堤川で下車していった。その後に客は来そうにない。窓側に移ろうかとも思ったが、もしかしたらこの先で人が来るかもしれない。と思っていたらやはり3時過ぎに到着した栄州から乗り込んできた女性3人組の1人がここに座った。栄州から列車は進行方向を変える。いままで南に向かっていたのが北側に針路を変えた。すなわち、進行方向を向いていた座席は、ここから後ろ向きになってしまう。座席の向きを変えたいところだが、前の席の客がリクライニングを倒して寝ているので座席は回転できない。後に引っ張られるような妙な感覚を感じながらまた眠りにつく。
6時半すぎに東海に着くころから夜が明けてきた。海沿いを走る正東津のあたりで夜明けを迎えられるとうれしいのだが、時期的夜明けはまだ早かった。正東津を通過したのは太陽もだいぶ上がったころだった。
うつらうつらしながら7時40分に江陵到着。定刻より20分遅れなのは、途中で台風被害による復旧作業区間があったためだが、そんなものがなくても5分や10分の延着は当たり前。接続時間の厳しいスケジュールを立てると韓国では苦労するが、幸いなんの計画も立ててないので大きな影響はない。

■左:江陵駅。看板が反射しちゃいました。 ■右:束草市外バスターミナル


さて、江陵についたところで今回のスケジュール。東海岸で鉄道で来れる最北端はここ江陵だが、この先さらに北上すると束草という都市があり、さらに北に向かうと北朝鮮との軍事境界線の手前に統一展望台というところがある。今回はここを目指すことにした。
いまでこそ統一展望台は各地にできているが、最初にできたのはここだ。その存在を知ったのは10年以上も前だが、なかなか行く機会もなく、そうこうしているうちにソウル近郊に鰲頭山統一展望台ができてしまい、束草よりも先に鰲頭山に行くことができた。束草の展望台が北朝鮮の金剛山などしか見えないのに対し、鰲頭山は北朝鮮の村も見え、人がいることも確認できるので面白さでは鰲頭山のほうが上だと思う。ソウルから2時間ほどの場所にあるのでかれこれ5回くらいは行っただろうか。ゆえにいまさら統一展望台になどいかなくてもいいようなものなのだが、この展望台があるあたりが韓国の最北端になるわけで、そういう付加価値も込みで行ってみる価値はあるかと。

江陵の駅からタクシーで市外バスターミナルまで行き、そこから束草までバスに乗る。1時間半ほどバスに揺られてようやく束草に到着する。バスを降りてターミナル前にある地図で付近の地理を頭に叩き込み、市内に向かうことにする。束草では「ケッペ」に乗るのが目的だ。その乗り場を探すついでに銀行も探す。財布の中には1万ウォンしか入ってない。いいかげんに財布の中身が薄いままで旅に出るのはやめないとな。
郵便局で無事に預金を引き出し、さらに歩き続ける。30分も歩いただろうか。ケッペの場所がわからないまま道に迷い、「エキスポタワー」なるところまで来てしまった。いつだったか束草で世界観光博覧会が開かれたときに建てたもののよう。周囲に人影はなく、もしかして営業してないのかと思ったが、幸いにも営業はしていた。でも客はほとんどいない。1500ウォンを払い展望台に上がることにする。展望台からは束草市街が一望の下に見渡せるほか、雪岳山も眺められる。束草は雪岳山への玄関口でもあり、束草まで来て雪岳山に行かない人はいないそうだ。オレは行かないけどな。

■左:エキスポタワー ■右:タワーから見た雪岳山


世界観光博をやったくらいだから、観光産業はしっかりしている街なのだろうと期待して、タワーの下の観光案内所に行く。統一展望台までの行き方を知らないのでここで確認しようと思ったのだ。
薄暗い室内にはひまそうなおばさんが2人。展望台への行き方を聞くと「そこのバス停から1番のバスに乗って」という。それだけ。バス停がどこなのか、どっち方面のバスなのか、なんてことまでは教えてくれない。ついでにケッペの場所を聞くと、「市内に向かうバスに乗ると右側にあります」だって。それで案内のつもりなのか。観光業に従事する人間はやる気がないならやめちまえ。楽しい気分で旅行している観光客を不快にさせてどうするんだ。

むかつきながら案内所をあとにしてバス停を探すがよくわからない。わからないのでタクシーに乗ってケッペに行くことにした。ものの5分ほどでケッペに到着。さっきからケッペと言っているが、何かというと渡し舟の一種。浮かんだ渡し舟の真ん中に、岸壁と対岸の岸壁を結んでいるワイヤーが通っていて、船頭と客がこれをひっぱって動かすというもの。日本でも放映されたドラマ「秋の童話」に出たことから一躍有名になり、最近では日本人観光客も多いという。

■左:ケッペ ■右:こんな看板ばっかり

■ケッペをひっぱる様子

タクシーを降りると目の前にケッペがあった。さっそく乗り込んで写真などを撮ってみる。乗っているのは船頭を含めて3人。オレを除く2人がワイヤーを引っ張っている。ワイヤーを引っ張る器具は3つあるので、ほんとうはオレも引っ張らなくてはいけないのだろう。でも船頭はなにもいわない。きっとこういう観光客も多いに違いない。ものの2分で対岸にたどりついた。50メートルもない距離だ。対岸で料金200ウォンを支払い辺りをウロウロしてみると、すぐにドラマの舞台になった商店がでてくる。束草市内にはあちこち「ここが撮影地です」みたいな看板があって、はっきりいって興冷め。そのまま歩くと海岸に出たのでしばし休憩の後、またケッペに乗って戻り、市外バスターミナルに向かう。

■左:舞台になったお店 ■右:たそがれる海坊主

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