麗水・巨文島編 (2003.10.16)
そんなわけで、「遠くへ行きたい」という企画を始めることにした。単なる思いつきの産物。月曜日に会社で、「オレ、韓国の鉄道全線に乗ってみるわ」と宣言し、水曜日にチケット購入。木曜日の夜には出発というスケジュール。そして気になる第1回目の行き先はズバリ、麗水。
全羅南道の港湾都市の麗水については前から気になっていた。まだ韓国に関心を持って間もないころ、博多から麗水に行くフェリーがあった。いつかアレに乗ってみようと思った。そこからソウルに上がっていくのも悪くないか、と旅行の計画を立てていたのだが、韓国語もまともにできない時分なので、麗水からソウルまで行けるかどうかも不安だなぁ、とか思いながらいつ行こうかと検討しているうちに、フェリーは廃止された。
なんかがっかりしたが、その時に麗水という地名を知ったのである。「麗しい水」という名前にちょっと魅かれるものもあり、いつか行ってみようと思いつつ、気が付いたら10年以上過ぎていた。そんな感じで、行ったことないけども思い入れがあるところなので、「遠くへ行きたい」の第1回にはうってつけだったというわけ。もちろん、鉄道に乗るという趣味的な側面のほうが強く、実はソウルから麗水までの夜行列車には寝台車がついているのだ。これに乗らない手はないわけで、そんなこんなで麗水に行くことを決めたのだった。
決めたらチケットを取りに行くのだ。このためにオレは「鉄道会員」なるものに入会した。この会員カードがあるとチケットの予約購入時に運賃が5%割引になるという特典がある。全線完乗を目指すオレにはきっと役に立つに違いない。んで、水曜日の夜に麗水行きのチケットを取りにいった。もちろん寝台車のチケットだ。
実はこの列車はただの夜行列車で、寝台車は1編成に1両しかないのである。
さて、選択肢として、上段か下段を選べる。寝台料金は上段が2万8000ウォン、下段が3万8000ウォンと1万ウォンの差がある。オレは上段を選んだ。単に安いからという理由で選んだわけではない。
事前に得ていた情報では、寝台車の構造は車両の真ん中に通路があり、その両側に線路方向にベッドがしつらえてある。通路とベッドはカーテンで仕切られているが、壁があるわけではないいわゆる開放型というスタイルなのだ。さて、ここは韓国である。下段の席を取った場合、例えば上段におっさんが来たとして、下段に座られるような事態が起こらないとも限らない。これで焼酎でも持ち込まれた日にゃお手上げだ。屋台でどこぞの見知らぬオヤジと飲むことはあるが、寝台車でそういうのは避けたいところ。開放型寝台の場合はこういうリスクを避けるためにも上段を取ったほうが得策なのだ。という判断から、上段を取った。
とりあえずチケットを確保したところで一安心。今回の旅行準備は往路のチケットを確保するだけで完了なのだ。なぜか? あてもなくさまよってみるというのが今回の目的でもあるからだ。先に帰りのチケットを取ってしまうと、麗水での滞在時間を列車の時間に合わせないといけなくなる。それでは柔軟性をなくしてしまいかねない。夜のチケットを取ったはいいけど、「麗水なんて面白くねーや。さっさと帰ろ」なんてことになったらどこかで時間を潰さないといけないし、逆に夕方の便を取っておいて「麗水楽しいじゃん! 一泊していこう!」なんてことになってもまた困る。帰りにもしも列車のチケットがなくても、最悪の場合は高速バスもあるし、翌朝の飛行機で帰ってもいいだろう。言葉ができないわけでもないし、そのときそのときで臨機応変に対処するのもまた楽しいはずだ。今回はなりゆきに任せることにした。ついでに、麗水についての下調べもしないでいきなり行くことにした。どこになにがあるのかわからない、すべては流れるままに……。
で、そういうのは韓国人にはあまり理解されない。出発前日に友だち連中と飲みながら話してみた。
「オレさ、あした麗水に行くんだよね」「ほう、出張か?」「いや、なんとなく」「? 旅行か。友だちでもいるのか?」「いない」「んじゃ何しに行くんだ?」「いや、なんとなく」「??? いつ帰ってくるんだ?」「オレもわからん。なりゆきまかせだ」「どこを見てまわるつもりだ?」「知らん。どこになにがあるのかもわからん」「????? 誰と行くんだ?」「オレひとりだ」「……」「韓国の鉄道全線に乗ってみようと思って」「……それになにか意味はあるのか?」
意味なんかないのだ。「ただなんとなく」というのが理由だ。そういうのはまったく理解されない国なのだなぁ。
まぁいいや。ところで出発時刻がちょっと問題だ。ソウル発22時50分。オレの退社時間はだいたい21時30分から22時30分の間となっているが、仕事が終わらなければ何時に帰れるかがわからない。22時30分に退社ということになれば、メシも食わずに列車に飛び乗らなくてはいけない。ここはなんとしても22時前には終えなくてはならない。たかが旅行に行くだけなのにいろいろめんどくさいな。でも、朝から一生懸命仕事をしたおかげで、なんと21時前に仕事が終わった。やればできる。うむ。会社の人と鍾路で焼き肉を食べ、ついでにコーヒーで一服する余裕まであった。ソウル駅についたら22時30分。水とビールを買い込み、いざ出発だ。
■左:出発前の改札 ■右:寝台車
めざす寝台車は階段を降りてすぐだった。編成の最後尾にあたる。何両編成なのかはわからないのだけど、多分6両から8両くらいはつないでいるだろう。1両しかない寝台車を除き、あとは普通の座席。これで朝まで乗り続けるのはけっこうつらい。オレも何度か夜行列車で釜山などに行ってるが、足もむくんでくるし、目的地に着くと疲れ切ってしまう。座席車で麗水まで行くとは皆さんご苦労なことだが、なんせこちらは寝台車なのでちょっと優越感がある。そもそも、麗水まではセマウル号で3万4000ウォンで行けるのに、寝台車はセマウルより格落ちのムグンファ号なのに5%の割引でも4万7000ウォン。割引なしの下段の場合はなんと6万2000ウォンもかかるのである。そんな金があれば、5万2000ウォンで飛行機に乗れば所要時間はたったの1時間である。わざわざ最も高い交通手段を選んでるんだから、優越感にひたってみてもいいじゃないか。
■左:寝台車内 ■右:車窓からの眺め
さっそく乗り込んでみると、車掌が出迎えて乗車券のチェック。同時におしぼりとミネラルウォーターを手渡される。デッキのドアを開けて車内に入ると、なんと、寝台は開放型ではなく、コンパートメント、というか個室?(両者の違いがよくわからないのだが)になっている。通路との仕切りはカーテンではなく、ちゃんと壁になっている。各部屋への入口はアコーディオンカーテンで、内側からロックできるので完璧にプライベートが保てるわけだ。下段を取ると焼酎抱えたオヤジに遭遇するのではないかとの懸念はまったくの杞憂であった。上段部屋は入口部分が階段になっていて、そこを上がると寝台になっている。枕元には蛍光灯と枕灯、インターホンなどがあり、窓からは外を見下ろすことができる。上段なので普通の列車の窓よりも高い位置にあるので、ここでもほのかに人を見下す優越感にひったたりできる。意外に快適性の高い空間なので、安心して眠りにつけるというもの。列車は22時50分定刻に出発し、一路麗水に向かって走り出した。
車内では麗水についてからの計画を立てようと、駅の売店で買った時刻表を眺めていた。麗水で一日を過ごすのは無謀な気もしたし、全線走破を計画するなら、麗水から木浦なり、釜山なりに移動するのもいいのではないかと。
しかし乗ることだけを目的にしてはなんのための旅行なのかわからないわけで、大いに悩むところであった。悩んだ末に結論はというと、結論など出るわけもなく、とりあえず着いてから考えようということでビールを飲んで眠りについた。いや、眠りたかったのだが、なぜか寝つけない。結局3時半ごろまでうだうだ寝返りを打っていた。ちなみに麗水到着は5時10分。結局4時半には目覚めてしまったので正味1時間しか寝てない。夜行列車を降りたあとってなんか疲れるんだけど、1時間の睡眠ではまったく寝台車に乗った意味もない。まだ日程は始まったばかりでなんか先行きが思いやられるところだが、5時10分定刻に麗水に到着した。
■左:麗水駅到着 ■右:麗水駅
まだ真っ暗。しかも、駅前にはなんもない。韓国の地方都市の基本として、駅は市街地から離れたところにあることが多いのだが、ここもまさにそんな感じだ。
まずは市内の地図でも手に入れたいところだが、こんな早朝に観光案内所は開いてない。開いてないどころか、駅の中に案内所もなさそう。駅の外にも。まいった。麗水に着いて地図を確保してから予定を考えようと思ったのだが、あてがはずれた。かくなる上は駅前の食堂にでも入ってメシでも食いながら聞き込みをしてみるか。
道路をはさんで向かいに何軒かの食堂が軒を連ねる。近づいていくとおばちゃんが手招きして呼び寄せる。こんな早朝に店を開けているのは、この時間に到着する列車の客をあてにしてるのだろうか。しかしながらどの店も客はいない。呼ばれるままにいちばん左側の店に入ってみる。
どこにでもある普通の食堂。メニューも麗水ならではのものはない。何を食べたいわけでもないのだけど、キムチチゲでも食っておくか。「キムチチゲひとつ」と頼むと、おばちゃんは「うちはヘジャンククがおいしいんだけどね」と言われる。
今回の旅行のコンセプトは「流れるままに」。おばちゃんがそう言うのならヘジャンククでも食っておくか。「んじゃヘジャンクク」。おばちゃんはニヤリと笑い「ウチのはね、スープとごはんが別々だから」と言う。いえ、そんなことはなんの売りにもなりませんて。普通だから。
食事が出てくるまでの間、壁に貼られた観光地図を眺めてみる。いまいち麗水には見どころがなさそうだ。観光地をまわるにしても、この時間ではどこにも行けそうにないのだが、それ以前に行ってみたいところもない。困ったものだ。
「はい、お待ちどう」。食事が出てきたのだが、おいおい、このスプーンちゃんと洗ってんのか? なんかとんでもないところに迷い込んでしまったようだ。朝からなんか気分が萎えてきた。朝イチの飛行機で帰りたくなった。スープのもやしはへたってる。これ昨日から作り置きでしょ? スープの作り置きは許す。せめてもやしくらいはシャキシャキのを入れてほしい。あ〜6時前から気分は萎え萎え。
意を決してヘジャンククをかきこんでいると、おばちゃんは「ソウルからきたのか?」と話しかけてくる。「えぇ、そうですよ」と答えると、「もしかして、ご両親のどちらか日本人じゃない?」ときた。「えぇ、両親はどちらも日本人ですが」「そうだと思ったわ。顔を見ればわかるわ。それで何しにきたの?」「いえ、なんとなく旅行に来てみました。どこか見どころはありますか?」「それなら向日庵に行くといい」「向日庵?ほかにはどこかない?」「ふふふ。市内の地理ならタクシーの運転手に聞くといいよ。もうすぐ知り合いの運転手が来るから。食事しながら待ってなさい」。
おいおい、だれがタクシー呼んだんだよ。朝からぼったくられるんじゃないだろうな。なんか先行きが怪しくなってきたぞ。
壁の地図を見ながらそれでもおとなしく待っていたのは、この時間じゃどこに行くにしてもタクシーが必要であることに加え、やはり「流れるままに」というコンセプトに身を任せてみようという自虐的な気分になったせいでもある。どうにでもなれ。
ほどなくタクシーは来た。ガラの悪そうな運転手は「向日庵に行くのがいい」と言う。なんでも日の出の名所なのだそうだ。幸いにもまだ夜明け前。今から行けば日の出には間に合いそうだ。ただ問題は、距離がわからないのだ。壁の観光地図には縮尺が出ていない。不安だ。だいたいこういうところの運転手は、1日案内してやるとか言って3万ウォンとか5万ウォンとか要求してくることもありうる。どうせなにも知らないところだから、観光ガイドをしてもらうのも悪くはないが、オヤジとタクシーで2人きりというのもつらい。とりあえず聞いてみた。「いくらよ?」「安心してよ。メーターで行くから。ぼったくったりしないよ」
まぁ交渉成立なんだろう。とりあえず流されてみよう。
んで、流された結果、向日庵までは市内から25キロもあることがわかった。タクシーで移動するには遠くないか?小一時間も走ったであろうか。途中に突山大橋とか、亀甲船などを通りながら、運転手といろいろ話しながら向日庵に向かう。遠い。タクシーで行くところじゃない。メーターが気になる。既に1万5000ウォンを超えた。山道を突っ走り、夜も白々と明けてくるころ、目指す向日庵に到着。車を停めて山道を歩いていく。停まってる間もメーターはまわっているわけで、とっとと日が出てくることを願うしかない。
見晴らしのいいところには既に先客が何人か来ていて、なるほど確かに日の出の名所らしい。20分も過ぎただろうか。ようやく日が出てきた。残念ながら若干曇り空であったのだが、まぁ日の出なんてそうそう見られるものでもないのでよしとする。
■左:見上げれば月 ■右:日の出。5万ウォン也
「さぁ行こうか」。運転手が山道を降り始める。車にたどり着いてすぐ気になるのはメーター。3万ウォンを超えた。財布の中には10万ウォン位しかないわけで、帰りのチケットを買ってない状況では、使えるのは5万ウォンが限度。そりゃ麗水市内に銀行はあるけれど、タクシーで大金使うわけにはいかない。
帰りに道すがら、運転手に「あのさ、もう金ないから、適当に遊覧船乗り場でも連れてって。船でも乗ってみるから」と先に金がないことをアピールしておく。どうも日本人は金持ちと思われがちだが、まさかオレも金持ちに見えてるのだろうか? 幸い運転手は「確かにタクシー代で金を使ってしまってはもったいないな。それなら船で巨文島まで行くといい。なかなかいいところだぞ」「巨文島?」「うん、船で2時間だ。刺身も食えていいぞ。行く価値はある」「刺身というと?どんなものが?」「カルチ(タチウオ)が有名だな。でも魚ならなんでもある」「そっか、それはいいかもね」「いいともさ。行ってみな。行けばわかる。『あの運転手の言ってたことは間違ってなかった』って思うはずだよ」
流されるままに行くのがコンセプトだ。運転手がウソを言ったところでなんの徳にもならないし、 地元の人が言うのだから間違いはあるまい。目的地はたった今、巨文島に決めた。
フェリーターミナルでタクシー料金を払う。5万1500ウォン。おい。でも5万ウォンに負けてもらった。
フェリーターミナルに入ってチケットを買う。8時発の船がある。今は7時40分。片道2万6000ウォンを払うと残金は心もとない。帰りのチケットを考えると、使えるのは2万ウォンもない。船が出るまでの間に金をおろしておきたいところだが、ターミナルの中にATMは見当たらない。近くに銀行がないかとも思うのだが、ここがどこだかさっぱりわからない。時間もそんなにないわけで、あまり遠くまで探しにいくこともできない。しかたなく巨文島で銀行を探すことにした。たぶんないとは思ったけど、人が住んでる島であるならば、どこかで現金は工面できるだろう。乗船手続きが始まったのでとっとと船に乗り込んだ。出航までの間に新聞と飲み物を買っておく。
■左:麗水フェリーターミナル ■右:巨文島行きの船
走り始めればあとは退屈な旅程でもある。巨文島までは2時間もある。けっこう大きな船だが、搭乗率は低い。窓側の席に陣取って外を眺めていたが、海しか見えないので退屈。寝台車であまり眠れなかったせいもあり、そのまま眠りに落ちてしまった。
到着のアナウンスが流れて目が覚めた。10時過ぎに巨文島に到着し、船を降りる。なんかひなびた漁港という感じだ。船着き場もかなりチャチなシロモノ。でも意外にこういう雰囲気は悪くない。
さて問題は、ここがどこなのかわからないということ。普通は船を降りたら観光案内所でもありそうだが、なにもない。しかたなく港沿いにトボトボとあてもなく歩いてみる。5分ほど歩いたところで郵便局を発見した。中にはATMもある。えーと、銀行のキャッシュカードは郵便局で使えたんだっけ? 試してみたら無事に金を引き出せた。これで刺身でもなんでも食える。一安心だ。
■左:巨文島案内図 ■右:のどかな漁港の雰囲気
一安心したところで港に戻る。近くに交番があったのだ。観光案内所がないのならここで聞いてみるのがいいだろう。ドアを開けたら若い警官がいた。
「すいません、観光案内所はないですか?」「え?案内所ですか?ないですねぇ」「それじゃパンフレットのようなものでもいいのですが」「えー、それもないんですけど……」「えっと、日本から来たんですけど、なんの準備もなく来てしまったものでして、見どころってどこですか?」「うーん、それなら白島に行くといいですよ。ここに来た人はみんな行きますね。ちょうど船が出るところだから行ってみるといいですよ」
くどいようだが今回のコンセプトは「流されるまま」。警官が勧めるままに行ってみよう。
チケット売り場で白島まで1万8000ウォンのチケットを購入して船に乗り込む。さっきの船よりちょっと小振りで、窓側の席はほとんど埋まっている。人の少ないところを探していると、さっきの警官が船に乗り込んできた。オレの顔を見つけると近づいてきて「パンフレットがありました。これ持っていって下さい。韓国語だけど大丈夫でしょ?」。実に親切な警官だ。
警察官が降りると同時に船が動きだした。パンフレットを見ると、巨文島というのは西島と東島の2つから構成されていて、オレが着いたのは西島のほうらしい。麗水からの距離ははっきりしないが、済州島とのちょうど真ん中にあることがわかった。そしてこの船が向かっている白島というのは、奇岩が集まった島ということもわかった。でもこの船が白島に行くのはいいのだが、そこで上陸できるのか、それとも単に遊覧船なのかがはっきりしない。上陸するのであれば、帰りにも1万8000ウォンがかかるわけで。
しばらくしたら案内放送が流れた。「みなさまをご案内しますので、気を付けてお降り下さい」。あれ? 島に降りて案内してくれるということなのか? よくわからぬままに甲板にでると、ガイドが立っていて、船から見える奇岩の数々を説明してくれるのだという。ようやくこの船がただの遊覧船であることがはっきりした。
外に出てガイドの案内を聞くと、99個の島があるから白島なのだそう。百に一たりないから白島。はい。奇岩の数々は説明してくれるのはいいんだけど、いまいち聞き取れない。でもまぁ屏風岩とかオットセイ岩とがゴリラ岩とかはわかった。
■奇岩怪石の数々