麗水・巨文島編 後編
全行程は1時間半ぐらいだったろうか。12時過ぎに港に戻ってきた。戻ってきたのはいいが、麗水への船は16時40分。ということはあと4時間以上もこの島で過ごさなくてはいけない。さっきもらったパンフレットによると、島のはじっこに灯台があるらしい。この島にはバスとかタクシーのような交通機関はなさそうなので、歩いていくことにする。そんなに大きな島ではないから、歩けるはずだ。
今いる港は東島と西島の間にあるまた別の島らしい。そこから西島に橋がかかっている。橋を渡った後、海沿いの道を歩いていくと着くはずだ。ゆえに橋を目指す。三湖橋という立派な橋だが、欄干は途中から無くなっていた。多分1カ月前の台風14号のツメ跡なのだろう。橋の真ん中まで行くと島の様子が眺められる。なかなかきれいな風景だ。
橋を渡りきると道標が立っていた。目指す灯台までは3.3キロという。ゆっくり歩いても1時間あれば行けるだろう。往復で2時間なら港に戻って昼食をとり、麗水に帰る船に乗れば時間もぴったりなはず。とりあえず灯台にむかって歩き始めると、地元のおじさんに遭遇した。灯台までの道のりと所要時間でもきいてみるか。「あの、灯台までどのくらいかかります?」韓国語で聞いたのに、おじさんはきれいな日本語で「30分もあれば行けるかな」と答えてきた。意外にもこんなところにも日本語を使えるおじさんがいたのだ。あとで調べたところによると、巨文島には日本統治時代に300人ほどの日本人が住んでいたという。この島でも徹底した日本語教育が行われていたことは想像に難くない。ともあれ、おじさんの案内に耳を傾けてみると、「灯台よりもあの山に登るほうが面白いよ。あの辺はね、むかし日本軍が砲台を築いたりしたんだ。今も残ってるよ。灯台は山の向こうだからそのまま登山道を進めばいいし、そのまま行けばまたここに戻ってくるよ」とのこと。なるほど。それなら勧められるままに山に挑戦してみるか。おじさんに丁重に礼を述べ山に向かう。
しかしまぁあれだ、灯台まで3.3キロあるのに、30分で行けるか? 一抹の不安がよぎる。帰りの船を逃すと明日まで陸地には戻れないことを考えると、あまり悠長にすごしてる場合でもない。登山道の入口がわからなくてさまよってる場合じゃないぞ。
登山道は10分ほど探してやっと見つけた。突撃する。が、なんか登山道というか、ただのけもの道じゃないのか。それでも言われた通りに上っていくと、ヤギに遭遇する。野生なのか? よくわからないまま山道を登り続ける。アゲハとかセセリとかチョウが舞い、ときどきハチにも遭遇する。木が生い茂り先も見えない山道をハチを避けながら早足で進んでいく。早足なのはハチを避けるためだけではなく、帰りの時間が気になるからでもある。食事をしなければ時間に余裕はあるが、せっかく巨文島まで来て刺身も食べずに帰るわけにはいかない。なんか慌ただしい感じで先を急いでいるのだ。
やや疲れてきたころに急に視界が開けた。どうやら尾根にたどり着いたようだ。ふもと側では見えなかった山の反対側、すなわち海が見える。尾根の反対側は急な崖になっていて、なかなかの絶景。
■左:山頂からの眺め ■右:道なき道
そこから尾根伝いに歩いていくと、なんとか岩があった。これも名所らしい。そしてまっすぐ行く道と、下る道がある。ここまでくるのに30分ぐらいかかっただろうか。険しい山道なのでいい加減疲れてきた(←ひよわ)ので、迷わず下りるほうを選ぶ。下りはさらに険しさを増す。なんか息切れしてきた。道も判然とせず、ちょっと不安。このままここで遭難しても誰も見つけてくれなさそう。さらに道を進むと、台風のせいなのか、大木が倒れ行く手をふさぐ。ここまで来て引き返すわけにもいかないので、なんとか乗り越え、先に進むとどうにかもとの登山道入口にたどりついた。急ぎ足でまわったせいか、1時間も経ってないというのが笑える。変に時間を余らせてしまった。
登山道の目の前は小さいながらも海水浴場となっている。のどかな風景に、ここでしばらく休憩することにする。目の前に広がる海。まわりにはだれもいないので独り占めした気分だ。ふと気になって会社の人にメッセージを送った。出発前に「麗水行ってつまらなかったらマクドナルドでハンバーガー食べて、朝イチの飛行機で帰ってきますわ。あっはっは」などと言っておいたのだが、もしかしたら本気と思われているかもしれない。本気と思わないにしても、まさか巨文島まで来ているとは思わないだろう。「巨文島まで来たよ」と送ったら、しばらくして「巨文島なら英国軍墓地があるから見に行くといいよ」と返事がきた。英国軍墓地なら港からの道に案内が出ていた。港に戻るついでにのぞいて見るのも悪くないだろう。
■左:海水浴場から眺めた海 ■右:海を眺めるオレ
港の近くの集落まで戻ってくると、英国軍墓地の案内が出ているので矢印に沿って歩いていく。途中には小学校があり、子どもたちが遊んでいる。細い道を進んでいくとスズメバチがすぐ近くに飛んできた。たしかスズメバチは攻撃する前に威嚇飛行をすると聞いたことがある。するとこのスズメバチは威嚇しているのだろうか? とりあえず身を低くしてかわすが、どうもこわい。こちらから攻撃する気はなくても、近くにスズメバチの巣でもあればスズメバチのほうから攻撃してこないとも限らない。目指す英国軍墓地は600メートル先だそう。ビビりがながら歩いていくと農作業中のおばちゃんが3人いた。「こんにちは」と声をかけながら墓地の場所を確認すると、「そこまっすぐ行かないで、右に曲がりなさいね」と案内された。道なりに行くとまっすぐなのだが、そのまま行ってはいけないのだそう。教えられた通りに右に向かっていくと、小高い丘になっていて、そこに小さな墓石と十字架があった。これが墓地のようだ。案内文によると、1860年から1930年代まで英国の軍艦や商船がこの辺を往来していたのだという。1885年からの2年間はここに英軍基地もあったとかで、その間に亡くなった10人の英国人がここに葬られている。英国と韓国の修交100年を記念して83年に墓地が整備されたとあるので、まだ20年しか経ってない。しかしここを訪れる人はいるのだろうか?
帰り道はまたもスズメバチの襲来に辟易しつつ、どうにか港まで戻ってきた。
■左:英軍墓地 ■右:墓地につながる道
船が出るまでは2時間半ほど余裕がある。まだ食事をしてないのでどこかで刺身でも食べたいところだ。で、普通の観光地なら店の前でおばちゃんが客引きとかするところなのだが、ここではだれも見向きもしてくれない。流されるままをコンセプトにしているオレとしては、誰かが手招きしてくれればそのままそこに入るつもりだったのだが、だれも相手にしてくれないのでこちらから踏み込まざるをえないようだ。意を決してある店に入る。なんか地元の人たちのたまり場になってるような店。一人寂しく席に着く。さて何を頼むか。タチウオを食べるのは決まっているが、店の外に貼ってあった写真入りメニューでは、シンプルに焼いたのがおいしそうだ。これに刺身を追加してみるか。おばちゃんに「焼いたのと刺身ちょうだい」と頼むと、おばちゃんが「煮付けは食べない?煮付けがおいしいのに」と言う。ならば煮付けにするか。「んじゃ刺身と煮付けにする。あとビールね」思いがけず山登りなんかしたもんだからノドが渇いてたまらん。韓国では刺身には焼酎だが、1本飲むのはつらいし、酔っ払って船に乗ることを考えるとビールのほうがよいに決まっている。
刺身を肴にカーッとビールを飲み干すのもまた快感だ。さて、刺身。韓国の刺身はコチュジャンなんかつけて食べるので、日本人としては許せない。でも醤油(かなり甘口)とワサビ(鮮やかな緑色。絵の具みたい)も必ずあるので安心。そして、個人的にお気に入りなのが、テンジャンとごま油に、みじん切りのニンニク、ネギなどを加えてあえたもの。こんなもので刺身が食えるか!と思っていたが、ずっと前に鷺梁津の水産市場で食べて以来、開眼した。サンチュに刺身とテンジャンをのせて巻いて食べる。これ最高。ビールも進むというもの。だがしかし、意外に飽きる味なのは、タチウオ自体に味がないせいなのか。
次に出てきたのが煮付け。って、鍋いっぱいに入ってる。まさかタチウオ一匹分? お皿に取って食べてみる。うまいかまずいかについては言うまい。身がぐずぐずに柔らかくて、例によってタチウオ自体に味がない。鍋いっぱいのタチウオは少々持て余し気味。味が薄いのでごはんも進まず。なんかいまいち。刺身もけっこうな量があって、やはり食事の時は1人よりも多人数のほうがいいようだ。ここでのお会計は2万3000ウォン。刺身と煮付けがそれぞれ1万ウォン、ビールが3000ウォン。もともとどちらも1人分で売ってるわけではないので仕方がない。これで焼き魚もつけていたらどんなことになっていたのやら。
■左:さしみ。なかなかうまい ■右:煮付け。いまいちな味
まだ時間が余っている。1時間半ぐらい。コーヒーでも飲みたいところだが、こんなところにドトールとかスターバックスなんてものはあるはずもない。ぶらぶらと港の周りを歩いてみると、この島にはタバンが多いことに気付いた。タバンというのは喫茶店のようなものだが、コーヒーはインスタントというのが定番だ。人々がなにが楽しくてタバンに通うのかというと、タバンでは隣の席、または向かいの席に女性がついてくれるサービスがあるのだ。ソウル辺りではもはや見かけない風俗でもある。ちなみに、金次第でさらなるサービスを求めることも可能。連れ出しもできるとか。
先に言っておくが、オレは別にそういうことに興味があるわけではない。ただなんとなく、タバンというものの雰囲気だけでも味わってみたかったので、恐る恐る入ってみた。
■街並みは日本時代の面影を残している
コーヒーを頼みイスに座るとコーヒーを持って女性が登場。どんな女性だったかについては特に述べる必要もなかろう。思わず席を立ちたくなった、とでも書けば理解いただけるかと。
こういうお店では女性が話し相手になってくれるのだそうだ。とりあえず、「いやぁ、日本から来たんですよ」などと話しかけてみるが、あまりのってこない。ちなみにオレは人見知りが激しいタイプなので、こういうところでいつまでも話題が続くわけではない。なんか沈黙が支配するへんな雰囲気。話し相手になってくれるというのは、話を聞いてくれるというだけで、相手側から話題を提供してくれるものでもないらしい。オレも酒でも入っていればもう少し楽しく過ごせたかもしれない。なんか居心地もよくないし、コーヒーも飲み干してしまったので出ることにする。そうそう、「なんでこの島にはタバンが多いのか」という質問で帰ってきた答えは「船乗りが多いから」。船乗りって言ってもイカ釣り漁船なわけなんだが。
インスタントコーヒーに1500ウォンを払い港に向かう。あと1時間あるが、とりあえず待合室で時間を潰すとしよう。
16時40分に出航。帰りも2時間の道のり。夕方なので外も暗くなり、窓からの眺めも楽しめない。適度に疲れているのでそのまま居眠りすることにする。
麗水に着いたのは19時前。日もとっぷり暮れてしまい、結局麗水市内は観光らしいこともできずに終わりそうだ。フェリーターミナルを出て、バスに乗って麗水駅に向かう。島でボーッと考えていたのだが、麗水まで全羅線に乗るという目的は達したわけで、しかも巨文島というおまけつき。特に麗水で1泊する必要もなさそうなので、23時発の夜行列車、しかもまた寝台車に乗ってソウルに帰ることにしたのだ。まずは麗水駅でそのチケットを手配せねばなるまい。
バスは市の中心部を通り麗水駅に着いた。麗水駅は発着する列車も少なく、閑散としている。窓口でチケットの手配をすると難なく確保できた。ついでに駅員氏の脇にある切符のホルダーに目が行った。日本では少なくなったが、韓国では硬券の切符が主流だ。記念に入場券でも買って行こうか。料金を払うついでに「入場券1枚下さい」と申し出ると、駅員は「お出迎えですか?」ときょとんとする。「いえ、麗水に来た記念にほしいなと思いまして……」。こういうときはあらかじめ外国人であることを明かしておくと話がスムーズだ。「いえ、日本から来たんですがね、汽車旅が好きなものでして……」。これで理解してくれたようだ。「それなら使用済みのを差し上げましょうか?」という。願ってもないことだ。駅員氏は奥の部屋から何枚か切符を手に戻ってくると、入場券のほか、順天からの切符(大人用と小人用のペア)もくれた。実にありがたいことだ。丁重に例を述べ、市内に向かうことにする。
閑散とした駅はいいのだが、バス停がどこなのかわからない。しかたなしにタクシーに乗り、中心部に行けと言うと、「旧市街と新市街があるんだけど」と言う。さっき通った繁華街は旧市街のようなので、旧市街に向かうことにした。料金は基本料金ですんだ。ちょっと遠いが、歩けない距離でもなさそうだ。
中央洞というところで降り、繁華街をうろうろしてみる。ソウルの明洞と似た雰囲気だが、明洞の場合は街中でもガンガン音楽がかかってにぎやかだが、麗水は音楽も流れず静かな雰囲気。なんか落ち着かない。
深い意味もなくロッテリアに入り夕食とする。まだ8時前で、列車までの3時間をどうしたものか。ロッテリアで過ごすのもどうかと思うので、食事ののち近くのコーヒーショップに行くことにした。コーヒーショップは客も少なく、ふかふかのソファーで気持ちよい。ここまでの旅程を振り返りつつ、頭がかゆいことに気がついた。考えてみれば、木曜日の出社前にシャワーを浴びて以来入浴してないわけで、ならばサウナにでも行くかと席を立つ。店のおねいさんに「この辺にサウナとかないっすか?」と聞くと、「ない」との答え。ないとなれば席を立ってトレーを片づけた意味がないのだが。「近くでなくてもいいのですが、市内にサウナはないのですか?」「きいたことないですねぇ」。今朝のタクシーの運転手によると、麗水の人口は34万人だそうで。それだけの人口がありながら、市内にサウナのひとつもないのか。がっくりしていると、「あ、そこのビッチホテルにサウナがありますよ」という。bitch hotelというのが気になるが、そういえばさっきタクシーの中からそんなホテルを見かけた気がする。ちなみにビッチホテルではなく、ビーチホテルなのだが。駅のほうに向かっていけば見つかるだろうと高をくくって歩き始めたが、歩けど歩けどそれらしきホテルは見つからない。別にビーチホテルでなくてもサウナがあればいいので、途中のホテルのようすものぞいてみるが、どこもサウナはなさそう。結局駅の近くまで行っても目指すビーチホテルは見つからず、仕方がないのでタクシーを捕まえる。「ビーチホテルって遠いの?」「まぁ歩くにはつらいかもね」ということで基本料金の距離をタクシーで移動。まったく正反対の方向に進んでいたことに気付いてちょっと自分がいやになる。考えてみれば昼の明るいうちに市内を回ったわけではないので、地理をつかみにくかっただけなのだが。次に麗水に行くことがあったら昼間に行く
ものの5分でホテルに着いた。フロントでサウナのありかを尋ねると、2階に上がれという。上がったらすぐそこにサウナの受付があった。4000ウォンを支払い中に入ると客はだれもいない。係のおっさんが「風呂入りに来たの?」と聞くから「もう終わったの?」と聞き返すと終わったわけではないらしい。まぁ夜の9時にホテルで一風呂浴びるというのも変なのかも知れない。宿泊客なら部屋に風呂があるわけだし。
中に入ると3つある浴槽のうち1つは水が抜かれている。もうひとつは水(もともと水風呂らしい)。残るひとつが温かいお湯。体を洗って浴槽に身を沈める。えーと、風呂に入るのは1カ月ぶりかな。家にはシャワーしかないし、近くに銭湯がないからお湯に浸かるのは久しぶりだ。しかも貸し切り状態。さっぱりしたところで風呂から上がり、ほんとはビールでも飲みたいところだが、売ってないらしいので着替えてホテルをあとにする。ふらふらと歩きながら駅まで戻るとようやく出発1時間前。いまさらどこへ行く気にもならないので、売店でビールを買って待合室のベンチで飲みながら過ごす。
15分前になって改札が開始され、ホームに降りる。目指すはまたも寝台車。今回は下段をとってみた。自分の部屋(?)に着くと車掌が検札に現れた。そこで車掌は「あれ?今朝乗ってきましたよね?」と驚きの表情を見せた。確かに、この車掌は今朝の列車の車掌だ。「汽車旅が好きなものでして、また寝台車に乗りたくて乗っちゃいました」などと答えると、「ありがとうございます」恐縮してくれる。それもそうだ、飛行機より高い列車に往復で乗るやつもそうはいないだろう。伊達や酔狂で寝台車に乗る客は上客に違いない。
■左:ソウル行き列車のサボ ■右:ソウル駅に到着
列車は定刻に動きだした。昨日はさっぱり眠れなかったが、今回は疲れのせいか、横になってすぐに寝入ってしまった。気がついたら水原を過ぎるころだった。ソウルまで約30分。永登浦を過ぎ漢江鉄橋の手前で63ビルが見える。そして5時43分に列車はソウルに到着した。これにて麗水編おわり。と言いたいところだが、「家に着くまでが遠足です」という校長先生の言葉を思い出した。小腹がすいたので地下鉄の駅でうどんでもすすっていこうかと思い地下に降りるが、うどん屋はやっていない。駅の中にも食堂はなさそうだし、駅前の食堂でソルロンタンをかきこんで家路に着く。家についてもまだ7時なわけで、2日間の休みのうちまだ丸1日残ってるかと思うと、夜行列車を使った旅行というの時間を有効に使えることがわかった。問題は、目的地に早朝に着いてしまうとすることがなくて困るということだろうか。ソウルに到着するのは夜中でも早朝でも、どうせタクシーで10分もあれば家に帰れるので困ることはないのだが。地方における早朝の過ごし方を研究せねばなるまい。
| ソウル→麗水(寝台上段) |
47,000ウォン
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| 麗水駅→向日庵→船着場(タクシー) |
50,000ウォン
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| 麗水→巨文島(フェリー、往復) |
52,000ウォン
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| 白島遊覧船 |
18,000ウォン
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| 昼食(タチウオさしみ、煮付け、ビール) |
23,000ウォン
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| 麗水→ソウル(寝台下段) |
62,000ウォン
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| 食費など |
30,000ウォン
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| 合計 |
282,000ウォン
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