
| ソウルの中心部を東西に横切る清渓川路は、道路の上にさらに高架道路が走る市内北部の大動脈となっていた。道路名の由来となる清渓川は暗渠となり40年前に姿を消した。しかしそれを復元するというプロジェクトが始まり、高架道路は撤去されることになった。2003年7月の工事開始直前にその姿を記録しておいた。そして2005年10月の清渓川復元工事完工を機に、同じ場所を撮影しその変貌ぶりを確認することにした。
以下、写真は左側が2003年6月28日撮影、右側が2005年10月8日撮影。 |
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| 【写真1】起点となる朝興銀行本店前。復元工事の起点はここからさらに西に1kmの東亜日報前だが、高架道路の起点のここからしか記録を残していない |
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| 【写真2】写真1から少しだけ進む。高架道路のゲートが見える。わずか2年3カ月の間に手前側にビルが新築されている。 |
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| 【写真3】外換カードビル前からの長め。すぐ先に高架道路の合流地点があるので見通しが利かないが、撤去後はかなり先まで見通せる。 |
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| 【写真4】外換カードビルを見上げる。単に高架道路がなくなっただけだが、窮屈な感じがなくなった気がする。 |
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| 【写真5】トップ画像に使った写真。南山1号トンネルから明洞を通ってきた高架道路(三一高架道路)がここで合流する。ここでも左端の建物の横に新しいビルが建っている。 |
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| 【写真6】その合流地点。 |
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| 【写真7】撮影地点の特定に迷ったが、左側に写っているビルで確認。今も昔も路上駐車が多い。 |
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| 【写真8】清渓川3街から起点側を望む。 |
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| 【写真9】高架道路の出口がある。場所の特定に迷ったが、画面右奥の店の名前(掲載写真では判読できないが、原版ではきっちり読める)で確認。まるで当時の面影が残っていない。 |
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| 【写真10】世運商街側から大林商街を望む。高架道路のせいで薄暗く雰囲気もよくなかったが、撤去後は明るくなった。 |
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| 【写真11】写真10と同じ場所で左側を写す(実はパノラマ写真になっていたのだが、そんなこと忘れていた)。世運商街側と大林商街を結ぶ陸橋も撤去されている。奥に見える階段は現存。 |
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| 【写真12】清渓川4街から起点側を望む。 |
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| 【写真13】写真12の地点から鍾路方を望む。以前は地下道しかなかったが、現在では横断歩道が設けられた。奇しくもどちらの写真でも自転車が横断中。 |
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| 【写真14】同じ看板がそのまま残っていた。ここまでの道ではほとんどの店が看板が掛け替えられていた(すべて同じデザインに統一されていた)だけに、ちょっと新鮮。丸い街灯も健在。左側に写っている物置も実は現存している。 |
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| 【写真15】写真14の地点から対岸を望む。しょぼい映画館があったことに驚きだが、現在でも残っていることにも驚き。もっとも成人映画しかやってないようなのだが。 |
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| 【写真16】写真14で見えていた陸橋商街。 |
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| 【写真17】芳山総合市場。ゲートの色が変わっただけかと思ったら、ゲートそのものを掛け替えていた。でも切り文字は流用してるっぽい。右側の白いのは橋の上にかけられたカバー。 |
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| 【写真18】清渓川5街からの眺め。広告塔が目印になるはずだったのに広告塔がなくなっていた。 |
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| 【写真19】写真18の位置から右側。BYCの看板が出ている平和商事のビルは建て替えたのか、3階建てから4階建てになっている。 |
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| 【写真20】平和市場前から斗山タワーを眺める。 |