中朝国境地帯を訪ねて
2000.7.14〜7.17プロローグ
中国と北朝鮮の国境地帯には前から関心があったものの、中国語ができるわけでもないし、なにより一人で行くのも心細い。いつかは行きたいと思いながらもなかなか実現できなかったのである。それが、ひょんなきっかけから友人のHさんが吉林省延吉に赴任することになり、それなら遊びに行ってみるかということで、ついに中朝国境への潜入に成功したのであった。
同行するのはYさん。HさんとYさんはその昔東京で日本語教師の養成講座を受けていたときに知り合い、仲良くしてもらっていた。ちなみに二人とも女性(余談だが、養成講座を受けているのは圧倒的に女性が多く、オレは非常に肩身の狭い思いをしていた)。Yさんは東京からソウル入りし、オレと一緒に延吉に向うというプランとなった。
ところで中国である。社会主義国に行くのは初めて。そしてめんどうなことにビザを手配しなくてはいけないのだ。航空券を買った旅行会社に代行を依頼したのだが、「大使館で申請がはねられた」との連絡が来てしまった。どうもオレの韓国のビザに問題があるらしい。旅行会社の担当者は「大使館で直接申請してくれ」と言う。しかたないので明洞の中国大使館に出向く。問題になっているのは韓国のビザに書かれていた勤務先の社名だった。中国大使館側は、「あなたは記者でしょう?」と言う。当時務めていた会社は、カッコよく言えばマスコミとかメディアの部類なんだけど、実態はそんなステキなものではない。といったところで先方には通じない。そもそも、目的地に「北京」とか「上海」と書いておけば問題にはならなかっただろう。なんせ「延吉」だ。北朝鮮との国境地帯で取材でもするのではないかと疑われているわけである。まぁそういう考え方も理解するよ。中国だから。
とにかくビザ申請書を作成し、窓口に提出する。すると係のババァが「取材はしないという誓約書を書け」と言うのである。ちなみにババァは見た目では国籍不明だ。中国人のようでもあり、韓国人のようでもある。でも韓国語の発音がいまいち分かりにくいところをみると、中国人なのだろう。ガラスを隔ててババァと話しをするのだが、ババァの発音が悪いうえにガラスのせいで聞き取りにくい。
「誓約書と言いますと?なにか書式があるのですか?」とオレ。「書式はどうでもいいから誓約書を書きなさい」とババァ。わからん。どうでもいいってことは、ビザ申請書の余白にでも書いておけばいいのか?と思って聞いてみた。
「ここの余白にでも書けばいいんですか?それともノートでもちぎってそこに書けばいいんですか?」
そしたらババァ、館内に響き渡るぐらいの大声で、
「なんでもいいから書けって言ってんでしょ!!!!!」と怒鳴りやがった。
館内にはビザ申請に訪れた韓国人がいっぱいいる。公衆の面前でオレはチャ×××に辱めを受けてしまったのだ。オレの大和魂がうずく。くそぅチャ×××の分際で(以下自粛)。
この時点で中国訪問への意気込みはかなり萎えてしまった。とはいっても、2人と約束してみんなでスケジュールを合わせたわけで、ここであきらめるわけにもいかない。
手持ちのルーズリーフに「私は純粋な観光を目的に中国を訪問し、取材活動は一切行わないことを誓います」と殴り書きし、ビザ申請書とともに提出したのである。窓口のババァはオレが近づくとそっと奥に入り戻ってこない。このチャ×××(以下自粛)。戻ってくると申請書を受け取り、パスポートと申請書をホチキスでとめやがった。おいおい、菊のご紋にしっかりと穴を開けてくれたよ。しかも一回失敗してもう一回とめやがったよ。オレの大和魂は爆発寸前。このチ(以下自粛)。
こんな修羅場を演じてビザが出なかったら、対中国全面戦争をしかけ13億人民殲滅作戦を展開するところだった。だがまぁ無事にビザは発給された。穴の開いたパスポートを受け取って確認すると、滞在日数は「6日間」だってさ。通常の観光ビザなら30日くれるのにさ。まぁ滞在予定は4日間だからいいんだけど。
1日目
さて、そんなこんなで準備は整った。出発前日にYさんもソウル入りし、いよいよ延吉へ向け出発である。延吉までの直航便はないので、中国国内で乗り換えを強いられる。今回は瀋陽経由で行くことになった(ほかには大連経由や長春経由という方法がある)。朝9時にソウルを出発すると昼前には瀋陽に着く。延吉への国内線のスケジュールの都合上、瀋陽では6時間ほど時間がある。
瀋陽に到着すると荷物を預け、身軽になったところで市内に向う。が、行き方がよくわからない。Yさんもオレも中国語はまるでだめ。でもYさんはイギリスでの留学経験があり、英語はばっちり。インフォメーションカウンターに行って市内への行き方を聞く。ところが、英語が通じない……。中国で英語は通じないという話しは本当だったのだなぁ。などと感心してる場合じゃないよ。どうにかしてくれ。
■ 瀋陽空港 延吉への出発地です。
空港の外に出るとバスがいたので、運転手に市内に行くのかを確認してみた。この場において筆談は有効な手段である。どうにか市内に行くことが判明した。なにやら中途半端なところで降ろされてしまったのだけど、歩いてテレビ塔まで行ってみた。せっかくなので上って、展望喫茶室で飲み物などを飲んだり、屋外展望台に出てみたりして過ごした(実は2年近く前のことなのでどこに行ったかあんまり覚えてない)。
さて、空港に戻らなければいけない。幸いにもタクシーはすぐつかまった。だがやはり「AIRPORT」が通じない。それでも、前日にひそかに旅行用中国語の特訓を受けてきたオレが「機場!」と叫ぶと見事に通じた。動きだしたタクシーの中で運転手は金を見せながら何事か話しかけてくる。どうも「いくら払うのか」ということらしい。筆談でもさせたいところだが、あいにく運転手はハンドルをにぎっているわけで。しかたなしにオレが「一百元!」と叫ぶと運転手は納得してくれたようだ。特訓の成果がしっかりとあらわれた。めでたしめでたし。ちなみに市内から空港までの相場は80元だそうです。
延吉までは1時間のフライト。到着は8時過ぎだ。着陸態勢に入ったとのアナウンスに窓の外を見ると、なにも見えない真っ暗やみ。普通は街の明かりとかが見えそうなものだが、なにも見えない。そして何も見えないまま空港に着陸してしまった。とんだ秘境を訪れてしまったようだとYさんとふたりブルーな気分になる。
空港にはHさんが迎えに来ており、久しぶりの再会を喜びつつ、タクシーで市内へ移動。Hさんも中国語はできないが、それでも住んでいる以上は生活に必要な言葉はできるようになったらしい。タクシー運転手と料金交渉までしている。乗り込んだタクシーは小型の日本車。街灯がまばらに立つ薄暗い道をかっとばす。対向車が真っ正面から来ても物おじせず突っ込んでいく。衝突寸前でよけるのだが、これには肝を冷やした。
宿は郵電賓館というホテル。けっこうキレイなホテルで、韓国人観光客が多かった。延吉は朝鮮族自治州の州都であり、韓国語も普通に通じるので、少なくともオレは言葉の面での心配はいらない。夜も遅いので近くの朝鮮料理屋で夕食をとる。せっかく海外に来ているのに朝鮮料理。毎日韓国料理食べてる身には新鮮味がない。
■ 延吉駅前の風景
2日目
きょうは中朝国境の街、図們に行く。バスで延吉駅まで移動し、駅前の食堂(また朝鮮料理)で朝食をとる。その後駅で図們までの切符を購入するために窓口に並ぶ。切符購入担当はオレになってしまった。とりあえず、特訓で覚えた「到図們三張票(図們まで3枚)」と言ってみる。が、窓口のおっさんはオレをじっと見つめたきり動かない。通じてない?もう一度「到図們三張票」と言ってみるが反応がない。しかたなく「図們まで3枚」と韓国語で言うと、「没有」とのこと。切符はないらしい。
「切符ないって」。2人のもとに戻って告げると、ならばバスで行こうという。駅前にはマイクロバスが何台も停まっていて、人数が集まると順番に発車するという。他に手段もないのでそれに乗りこむ。バスは田舎の未舗装道路をかっとばし、1時間ほどで図們に着いた。図們駅から国境までは歩いて20分ほど。そしてついに国境にかかる橋「図們大橋」に着いた。
図們江の川岸の公園をうろうろしていると、北朝鮮から渡ってきたのか、こきたないガキどもがワラワラと近寄ってくる。「朝鮮はひもじいよぅ。おなかがすいたよぅ」と言うガキども。心が痛まないわけではないが、相手にすればきりがない。ここは心を鬼にして「いやぁ、オレら日本から来たんだよねぇ。言葉がわからないよ。まぁ君たちもがんばってくれたまえ。あっはっは」と日本語で言ってみたら、ガキどもはぽかんとした顔をしてどこかへ消えてしまった。
■ 赤い部分までが中国、青い部分が北朝鮮。
■ 橋の上の境界線。一歩でも越えると「ズドン」だよ。(ウソ)
図們大橋の真中が国境で、観光客でも国境ぎりぎりまでは行くことができる。ただし有料。橋の入口にいる係に金を渡して橋を渡りはじめる。ちなみに後ろからは警備の軍人が一人ついてくる。そしてついに国境線にたどりついた。ここを一歩渡ればそこは北朝鮮。夢にまでみた北朝鮮が目の前にひろがっているのである。とりあえず記念撮影をしながら、なにげなく半歩ほど越境してみた。一歩でも足を踏み入れると警備についてきた紅衛兵に銃殺されるので注意が必要だ(ウソ)。でもたとえばここでよろけて北朝鮮側に倒れてみたらどうなるのかしら?
■ 北の兵士に「影が越境してるぞゴルア!」と怒られたよ。(ウソ)
橋の手前には展望台がある。さっそくのぼって北朝鮮側を眺めてみると、遠くに貨物列車が走っているのが見えた。また、街のあちこちに体制賛美のスローガンが書かれた塔などが見えた。また、展望台の真っ正面、橋の延長線上には金日成の肖像画が見えた。ソウル近郊にある統一展望台よりスケールは小さいものの、目の前に拡がる北朝鮮の風景は、ソウルのそれよりもリアルなものだった。
■ 橋の向こうには金日成の肖像画が(見にくいけど拡大部分参照)。
展望台付近には土産物屋が軒を連ねており、店頭には北朝鮮の切手やお金、名所を集めた絵はがきなどが並んでいる。そして、ここの目玉といえば、やはり「金日成バッジ」だ。3種類ほどのバッジは「北朝鮮から流出してきたもの」といわれるが、あまりにたくさんあるので、もしかしたら、中国国内で大量生産している可能性もある。ここで円形のバッジを30元(約400円)で購入した。バッジの中には旗の形をして金父子の肖像画が描かれたバッジがあった。店主の話では、「平壌に住む労働党幹部がつけるバッジで、この辺りには2〜3個しか出回ってない希少品」とのこと。「50元でどうだ?」と聞くと鼻で笑われた。なんと80ドルだという。買ったところでなんかメリットがあるわけでもないので買わなかった。ほか、切手やお金のセットなどを買い込んでみた。
■ 右側が中国、左側が北朝鮮です。(ウソ)
■ 国境の町、図們の玄関口。
国境見物をすませたのち、図們市内をうろつき(といっても街自体は非常に小さく、見るべきものもあまりない)、列車で延吉へ。一時間ほどで延吉に到着し、ホテルへ戻る。この後、Hさんの友人で、このホテルの中にある旅行社で働くミジャさんと4人で食事に行く。ミジャさんは朝鮮族の女の子で、今回の旅行では中国国内のホテル手配などをしてくれた。
タクシーでミジャさんの両親がやってるという朝鮮料理のレストランに案内される。個室に通された我々は、ものすごい量の食事でもてなされ恐縮することしきり。ミジャさんは朝鮮語、中国語に加え、英語もできる。Hさんはカナダ、Yさんはイギリスにそれぞれ留学していた経験があるため英語はOK。3人は英語で会話し、オレとミジャさんは韓国語で、オレとHさんYさんは日本語で、と3カ国語が入り乱れるなかで楽しく過ごした。ミジャさんの両親も「外国からお客さんがきてくれた」と喜んでくれ、次々に食べ物を運んでくる。しかし残念ながら半分以上は残さざるを得なかった。
食事の後は、カラオケに行くという。ここでも飲み物と食べ物が豪勢に並べられる。もう食えないって。カラオケは中国の歌はもちろん、韓国や日本の最新曲まである。最初はオレも韓国の歌などを歌っていたのだが、北朝鮮の歌まであるのに気付き、そこからは北朝鮮歌謡を熱唱した。日本人ふたりにはなにもわからないが、ミジャさんは「なんでそんな歌を知ってるの?」と不思議顔。なんでって、そりゃオレが北朝鮮マニアだからだよ……。そんなこんなで二日目の夜は更けていったのだった……。
■ 北朝鮮のカラオケはこんな感じだ。
3日目
飛行機のスケジュールと休暇の都合上、オレはきょうの夕方に延吉を発たなくてはいけない。最終日のきょうは延吉市内をぶらぶらしながら、おみやげなどを買うことにする。まずは本屋にむかう。隅の方に北朝鮮の本があった。種類も少ないし、紙質も悪いが、適当に数冊買ってみた。中には力道山の伝記もあった。ついでCDショップにいくが、お目当ての北朝鮮歌謡はなかった。CDの購入を今回の目的のひとつにしていたのでかなり残念。
■ ほとんどが子ども向けの絵本。左上が力道山の伝記。
市内散策ということで、人民公園に向う。ここには動物園や植物園なども併設されてあり、市民の憩いの場となっているそうだ。入口には大きな垂れ幕に「アフリカよりカバ来たる」と書かれていて大爆笑。カバが動物園の目玉で大人気らしい。カバの上にのって記念写真までとれるという。あいにく時間があわなかったのでカバには乗れなかったが、カバくんの水槽はほとんど身動きできないほど狭い。アフリカから連れて来られてこの仕打ち。カバくんもかわいそうである。
公園での散策を楽しんだ後は昼食。朝鮮料理店ばかり行ってたので、最後に中華料理を食べたいと主張して市場近くのレストランへ。個室に通されメニューを見ると、なにがなんだかさっぱりわからない。結局無難な麻婆豆腐とか回鍋肉とかをチャーハンなどを注文するところが小市民だ。
食事が済んでショッピングセンターへ。ここで北朝鮮歌謡のVCDやビデオなどを発見。よろこんで買いあさる(ただ、ビデオのうち何本かはVHS-PAL方式だったので再生できなかったというシロート並のミスをしでかしてしまった)。ついでにおみやげ用の食品などもいっぱい買い込んだ。
少々時間があまったのでHさんの部屋でちょっと休憩。午後3時をまわったのでオレはそろそろ出発しないといけない。二人と別れ、タクシーに乗り空港へ。走り始めて5分もしないうちに突然の豪雨に襲われた。視界10メートルもないほどの豪雨。どうにか空港についたのだが、タクシーはターミナルビルには横付けできないという。駐車場からターミナル入口までは走れば30秒で行ける距離ではある。とはいえこの豪雨である。降りた瞬間にずぶぬれになることは必至である。運転手に「ターミナルに横付けしろ」とごねるが、「規則だからだめだ」の一点張り。確かにほかのタクシーも駐車場に停まっている。しかたない。意を決してターミナルまで走る。ものの見事にずぶぬれ。靴の中までびちゃびちゃ。
カウンターでチェックインして搭乗券を受け取る。あとは土産物屋などをひやかしつつ、搭乗ゲートへ。搭乗するのは6時10分発の瀋陽行き。瀋陽での乗り継ぎは翌朝9時の便になる。搭乗口の前でボーッと時間が過ぎるのを待っていると、オレが乗る便の出発が遅れるらしい。7時出発に変更されてしまった。搭乗ゲートで待っていてもすることもないし、退屈でしかたないのだが、しかたあるまい。
1時間が過ぎたころ、再度出発時間が変更され、8時出発に。さっきの豪雨のせいで瀋陽から来る飛行機がまだ到着しないらしい。天候による遅れはしかたあるまい。
さらに1時間が過ぎた。またも時間変更。今度は9時に。雨はもうやんでいる。瀋陽から来る便も着陸は可能だろう。そう思っていたら9時半過ぎに飛行機が着陸した。どうやらこれがオレの乗る便らしい。予定よりずいぶん遅れたものの、まずは一安心だ。
話が長くなるのでおみやげ画像でお楽しみ下さい。
■ 北朝鮮マニアならだれもが欲しがるあのバッジ!
10時を回った。搭乗案内がはじまり、ゲートの前に並ぶ。ところが、搭乗が始まったのは瀋陽行きの便ではあるものの、オレが乗る便の1時間後に出発する便だという。7時発の瀋陽行きも同様に出発が遅れていたのだが、さっき瀋陽から到着した飛行機は7時発の便に割り当てられた機体だというのだ。少々落胆しつつも、それでもオレの乗る便は10時半に出発するという。あと30分待てばいいのだ。もう少し待とう。
10時半になって搭乗の最終案内が流れた。無慈悲にも「本日の瀋陽行きは欠航となりました」とのこと。放送が終わるやいなや、搭乗客から怒号が。乗客のほとんどが韓国から来た観光客。ここは海外と言えども、韓国語が通じる地域である。怒り狂う韓国人は空港職員に食ってかかる。「あとに出発するはずの瀋陽行きが出発したのに、先に出発する我々が欠航とはどういうことだ!」機材の運用の都合上、そういうのは仕方ないとはわかっているが、オレが乗る便が欠航とはまったく困ったものだ。
空港職員は若い女の子。「ホテルを用意してありますので、バスに乗って移動して下さい」と案内するが、怒りが収まらない韓国人は、「お前が責任者か?責任者を呼べ!」と荒れ狂う。「私は空港職員であり、どうすることもできません。航空会社から欠航の連絡が入ったのでそのように案内したのです」「ならば航空会社に連絡しろ!」「それはできません」「お前じゃ話しにならん。責任者を呼べ!」群集に囲まれついには職員の女の子も泣きだす。仲裁に入る韓国人もいるが、騒ぎは収まらない。
■ 北朝鮮のお金セット。コインもあるよ。
カッとしやすいのは韓国人の性質であるが、怒ったところで問題は解決しない。さめた目で見つつも、困ったのはこのオレである。なにがどうなっているのかいまいち事態を把握できない。恐る恐る空港職員に「あの、私日本人なんですけど、なにがなんだかわからなくて……。どうしたらいいんでしょう?」と聞いてみた。「外に出てバスに乗ればホテルまで案内しますので、バスに乗って下さい」それ以上の詳細な説明はなし。明日の出発や、瀋陽での乗り継ぎなどはわからないという。
しかたなしに出発ロビーまで戻ると、別の職員が今後のスケジュールについて説明していた。どうやら瀋陽での乗り継ぎも可能らしい。とりあえず近くの韓国人に聞いてみると「大丈夫だろう」とのこと。ここでの会話がきっかけでこの韓国人と翌朝まで行動をともにすることになる。この人は釜山から来たCさんで、貿易関連の事業をしているため延吉には何度も来ているという。
バスに乗り込みホテルに着くころには既に日付も変わっていた。ホテルは1人1室というわけにはいかず、2人1室という。オレはCさんと同室となった。部屋に着くとCさんは「おなかはすいてないか?」と言う。そう言われるとたしかに空腹だ。するとCさんは「なじみの店があるから食事をしに行こう」という。ホテルからタクシーに乗って目的の食堂に向うが、水はけの悪い道は豪雨の影響で川のようだ。激しく水しぶきがあがる。20分ほどで食堂に到着し、ビールを飲みながら食事。けっこうたらふく食べたのだが、Cさんが全部ごちそうしてくれた。感謝感謝。
■ こちらは切手セット。なんかベタなみやげばっかし……。
ほろ酔い気分でホテルに戻り爆睡し、目覚めるともう朝だった。Cさんが「食事に行こう」というのでホテルのレストランに行きバイキング形式の朝食をとる。こちらは航空会社持ちなのでなんの気兼ねもいらない。食事が終わるとロビーに集合させられ、7時半にバスに乗って空港へ。8時発の飛行機ということだが、またも出発が遅れに遅れている。Cさんや何人かの韓国人とロビー内の喫茶店で時間を潰し、どうにか10時半に延吉を出発した。
コッペパンとキムチという恐るべきメニューの機内食を食べたりしなが1時間ほど過ごすと瀋陽に到着した。乗り継ぎの便は本来9時発だが、延吉からの客のほとんどがこの便に搭乗するので出発を遅らせているとのことで、搭乗手続きと出国手続を速やかに行わなくてはならない。前方の席に座っていたのを幸い、ダッシュでゲートを抜けチェックインカウンターへ。すると同じ便に乗るのであろう韓国人に、「なんで遅れたんだ!」と詰問された。詰問されても困るのだが、いきさつを話すと納得したようす。
あまった人民元を両替し、出国審査を抜け搭乗ロビーへ。瀋陽からは2時間の空の旅。3時に金浦空港に到着し、ハプニングだらけの中朝国境の旅は幕を閉じたのであった――。