2002年2月、韓国でオレが活動しているボランティア団体の掲示板で以下のような書き込み(原文韓国語)をしたのがそもそものはじまりであった。
私がみなさんと知り合ってから2年半が過ぎました。
この間とても多くのことがありました。
たくさんの友人に出会えたことは、なによりも大事な思い出になることでしょう。
思い出?どうしてかって?
みなさんもご存じの通り、私は今、ワーキングホリデービザで韓国にいます。
1年前に転職したもののビザ問題のために帰国することになり、昨年8月にまた戻ってきました。
幸いにも友人から多くの助けを受け、アルバイトの紹介を受け、
就職先の紹介も受けました。
今働いている会社もある人から紹介をうけたものです。
就職して3カ月……。実はワーキングホリデービザで働くことは不法なのです。
そこで会社で就業ビザを申請しました。
しかしそこにはひとつ問題が。すなわち私の学歴です。
大学も出ていない外国人がビザを取得するというのは簡単なことではありません。
私も期待はしませんでした。
それでも「もしかしたら取れるのでは……」という気持ちもないわけではないでした。
ビザ申請から結果が出るまでの間、不安な気持ちで過ごすしかありませんでした。
そして……。ついに運命の日がやってきました。
会社で担当者が私に通知書を手渡しました。
その通知書には……。
私は日本に帰らなければならないことを悟りました。
ワーホリビザは8月まであるけれど、いつまでも不法就労はできません。
どうせ帰国しなければならないのなら、いっそ早く帰るほうがいいのではないか?
悩み抜いた末に結論を下しました。
日本に帰ろうと。
実はその日にそなえて荷物もすでに整理し、いつでも帰れるように準備はしていました。
私が日本に帰る日――実は明日なのです。
きのうみなさんと会ったときにどのようにこの事実を話そうか悩みましたが、何も言えませんでした。
みなさん、
日本に帰ると言ってもこれが永遠の別れではないということはご存じでしょう。
私はいつかまたみなさんの前に現れます。
そう、きっと現れます……。
来週の金曜日くらいに。
うひひ。
就業ビザ出たから日本で更新してくるからね〜
ちょっと冗談きつかった?
最後のオチを読むまではかなり深刻な内容なので、
読んでる最中にあわてて電話をかけてきた友人もいたほど。
けっこう反響は大きかった。
とにかく、これにてオレが日本に行くことは強く印象づけられたのである。
そして、それはこれから始まる香港旅行のプロローグであったのだ――。
「香港旅行その2」に進む。