最長鈍行列車で釜山へ(前編)
2002.11.14ソウルから釜山まで12時間かけて走る鈍行列車があるという。ひょんなことからそれに乗ることになってしまった。同行するのは韓国人のRさん。汽車旅が好きだということで意気投合。「いつかアレに乗るのが夢だ」というので、ならば乗ってみようじゃないかということになった。
乗車するのは統一号1221列車。ソウルと釜山を結ぶというけれど、正確にはソウルの東の玄関である清涼里駅から釜山市の釜田駅までの494.9キロを指す。清涼里を6時50分に出発した列車は釜田に18時34分に到着する。ソウル―釜山間を走る特急セマウル号が最速4時間10分で走るのを考えると、実に3倍近い時間がかかる。考えただけでもあほらしい旅になりそうだ。
◆左:清涼里駅。まだ夜が明けてない。 ◆右:統一号1221列車の雄姿。
朝6時半に出発駅の清涼里駅に集合した我々ふたりはさっそく列車に乗り込む。国鉄中央線は一部電化しており、列車の先頭は電気機関車になっている。客車は自由席なので好きなところに座ってよい。乗車率は80%程度だが、釜田まで通して乗る客はおそらくいない。釜山まで行くならソウルからセマウル号に乗るなり、他の列車に乗ればいいわけで、わざわざ12時間も乗ろうという客はよほどのマニアに限られるらしい。
定刻に出発した列車は一路釜田をめざし東へ向かう。忘憂を過ぎ、陶農を過ぎたころにちょうど日の出となる。このあたりから列車は漢江沿いを走る。なかなかいい景色ではある。綾内の付近で漢江は北漢江と南漢江に分岐する(川の流れからいうと合流なんだけど、列車の進行方向からみると分岐するように見えるわけです)。合流地点には八堂湖という湖があり、ここに作られたダムは車窓からも眺めることができる。両水を過ぎると列車は南漢江沿いを走っていく。
◆左上:7時06分陶農駅到着 ◆右上:車内より日の出を拝む
◆左下:漢江沿いをひた走る。 ◆右下:出発から1時間、7時50分新院駅到着
新院、菊秀、我新と川沿いを走り、遠くに住宅街が見えて来たら楊平駅に到着する。楊平は京畿道楊平郡の中心地で、乗降客もそこそこ多く、駅の規模もここまでの駅よりは大きい。2分ほど停車してさらに列車は東に向かう。8時を過ぎたので持参ののり巻きを食べながら車窓風景を楽しむ。徐々に山間部に近づいているのか、トンネルが増えてくる。元徳、竜門、砥平、石仏、九屯、楊東と進むと京畿道に別れを告げ、次の判垈からは江原道になる、艮ヒョン(ヒョンは山へんに見)、桐華、万鐘を過ぎ、9時13分に原州に到着。原州は雉岳山国立公園の玄関口である。途中下車のできない我々は車窓から雉岳山を眺めるだけで満足しないといけないのがつらいところ。
◆左上:きょうの朝食ののり巻き。 ◆右上:8時14分元徳駅到着。
◆左下:ずっと同じ景色が続く。 ◆右下:9時13分原州駅到着。まだ出発から2時間ちょっと。
原州を出るとしばらくは高層アパートなども見える市街地を走る。住宅が途切れると国立公園のすぐ脇を通って進路を南に向ける。流交、盤谷を過ぎて雉岳。ここは急勾配を登るために線路がループ構造になっている。トンネルに入った列車は360度回ってさっきまで走っていた線路のすぐ真上に出る。ここは中央線に乗るときのお楽しみのひとつになっている。ループトンネルを抜けた列車は小さな川沿いをひた走り、神林、蓮交、九鶴を通り、鳳陽に到着する。ここは忠北線との乗換駅だ。そして次の堤川では太白線と分岐する。ここで4分の停車なのでホームに降りて少し運動して体をほぐす。まだまだ先は長い。
◆左上:原州市には高層アパートがいくつも。 ◆右上:右側に見えるのがさっき通った線路。
◆左下:列車は小さな川沿いを走る。 ◆10時11分堤川駅到着
車内に戻ると、写真を撮りまくってる我々に、車掌が「趣味で乗ってるんですか?」と話しかけてきた。聞けばたまに清涼里から釜田まで乗り通す人がいるらしい。ちなみに車掌は出発から6時間(ちょうど半分)の安東駅で交代、機関車も電化区間の終わる栄州で付け替え、運転士も途中で交代するのだから、趣味とはいえ12時間ぶっ通しで乗り続けるというのはかなり奇異に見えるかもしれないだろう。ちなみに韓国には鉄道旅行をはじめとする鉄道趣味は市民権を得ていない。ゆえに韓国の鉄道好きは日本の鉄道の発達や、鉄道趣味の認知度の高さ(賛否はあれど)をかなりうらやましく思っているらしい。そもそもこの国では鉄道は軍事施設と同等の扱いなわけで、数年前まではおおっぴらに写真を撮ることもはばかれる状況だったのだから仕方ないかも。
10時15分に堤川を出発すると高明、三谷、嶋潭、丹陽、丹城と小白山のふもとを走る。竹嶺の手前ではまたもループトンネルに遭遇する。喜方寺、豊基、安定を過ぎると11時38分、嶺東線、慶北線と乗換駅である栄州に到着。中央線の電化区間はここまでで、この先はディーゼル機関車が列車を牽引する。清涼里出発から5時間経過。まだ半分まで来ていない。栄州での停車時間は機関車付け替えの関係で12分もあるので、ホームの立ち食いうどんで昼食とする。車内放送では「うどんは車内持ち込み禁止です」と案内していた。うどんの容器を持っていかれたら回収できなくなるからだと思う。ちなみに長時間停車するのは栄州だけで、この先釜田到着までまともな食事にありつけそうにはない。車内販売はあるものの、腹の足しになるようなものはないのが残念なところ。うどん屋には同じ列車から降りた客が3人いただけで、あまり繁盛していないよう。この鈍行列車は地方都市間を結ぶ役割が強く、長時間乗車する客が少ないからだと思う。
◆左上:稲刈りが終わった後の田園が広がる。 ◆右上:10時52分丹陽駅到着
◆左下:11時38分到着の栄州で昼食のうどんを食べる。 ◆栄州ではディーゼル機関車に付け替え。
10時55分に栄州を出発し、文殊、縄文、平恩を過ぎて甕泉では釜田発清涼里行きの統一号1222列車とすれ違う。ちょうどここが中間地点ということだ。乗務員の交代する安東までは麻仕、伊下を通って12時50分に到着。清涼里出発からちょうど6時間が経過したわけで、残る行程も6時間となった。ちなみに清涼里をこの列車の2時間10分後に出発したセマウル号は、ここ安東には12分後に到着する。セマウル号が速いのか、統一号が遅すぎるのか。なんだかやれやれな気分だ。車掌はここで交代。「残り6時間がんばってね」と言って降りていった。
そういえば安東と言えば焼酎で有名だが、そんなことは我らにはなんの関係もない。乗ることだけを目的にした無意味な旅はまだまだ続くのであった。